■「世界遺産」について    西村 仁司(旧3年7組)

この欄への投稿もまだまだ少ない。推奨している事務局としても,何か一つ。別のコーナーに「よもやま話」には何度か書き綴っているので,どちらにしようかと迷ったが,どちらからもアクセスできるようにした。少し長々となった文章だが,最近のできごとから綴ってみた。

「彦根城を世界遺産に!」と呼びかけ,活動しておられる人も多いようである。私自身,この活動については皆目存じ上げていない。たまたま,昨年9月から,大学の後期の授業で「世界遺産論」を受講,一般大学生と一緒になって大学の講義を受け,最終試験も終わったところである。。京カレッジ(最後に紹介)と称して,京都の多くの大学が一般人にも大学の授業が受けられるようにと,一部の授業を開放しているものに参加していた。そこで学んだこと,考えたことなどをご紹介してみようと思った次第である。

先ずは彦根城に関しては,世界遺産の暫定リスト登録は1992年で,最初から暫定リストに登録されながら,後から挙がった文化財が次々登録される中,店ざらし状態になってしまっている状態である。実は,早い段階から内々にユネスコ側から,登録は難しいと通知されてしまったようである。その理由は,姫路城が1993年に世界遺産に登録されてしまったからで,ユネスコの基準,無二の存在(後述:世界遺産登録基準参照)にならないとされてしまったようである。ただ,2009年以降,地元に世界遺産登録推進委員会なるものもできている。彦根城の特長は,姫路城とは大きさ,白鷺城と云われるような優雅さは劣っているものの,天守閣の昔のままで趣は古城そのものであり,庭園なども揃っており,江戸時代の文化を反映しており,歴史的な古城としては姫路城には勝るとも劣らない貴重なものであることには違いない。

個人的な見解であるが,彦根城が世界遺産になること自体,真に彦根城を元のままの秀麗な姿で後生まで残しておきたいと考えるならば,賛成はしかねる。なぜならば,世界遺産に登録されたからと云って,ユネスコから補助金が出るわけでもなく(厳密には補助金制度はあるが,後進国など保護が困難な国には補助金が出るが,日本には恩恵はない),現状の国宝としての価値で,修理保全は十分できるのではないだろうか。世界遺産の箔が付くと言われればその通りである。それよりも,昨今の,特に桜の季節の天守閣では上がるために2時間待ちなど,大勢の観光客が列をなしているのが実情である。これ以上の観光客の増加,特に,京都などで見られるように,中国人,韓国人などのマナーの悪い連中が押し寄せることを想像すると,ゾッとする。多分天守閣への登城はかなり制限が加わるだろうと想定される。一時的に観光客は増加しても,現状の美観が損なわれ,長い目で見るとリスクが高いと思われる。また,これまで世界遺産に登録されてところでも新たな諸問題が起こっている(後述のケーススタディ)。世界遺産に登録されて観光客で潤うことは,市を挙げて歓迎されることではあるが,昔のままの美しい彦根城を維持する最善策なのだろうか,と考えさせられる。市民でもない私が,何も言う権利は無いが,大学の講義を受けながら考えさせられたのである。

  なぜ,世界遺産を学ぼうと考えたのか?

私自身,風景写真を趣味で撮り続けている。その中には,世界遺産に登録された文化遺産もあり,その素晴らしさに感激を覚えながらシャッターを切っている。近隣の京都・奈良にはそうした寺社仏閣が多い。或いは,海外旅行に出掛けたときなども,世界遺産に登録されている風景や建物に魅了されることもしばしばあった。それら数千枚に及ぶ写真を大切に整理保存はしているものの,ただ美しい・感動するなどで終わってしまっている。

昨年春,授業の募集があり,大学の講義を選んでいる中で,「世界遺産論」と云う講義に目が留まり,世界遺産と云う制度の意義と問題点を,文化的安全保障や文明論の観点から触れ,一方的な講義ではなく,個人的見解を述べさせ,問題を共有し討議を行う,とあったので,興味が沸いて受講しようと思った次第である。

興味の中身は,何となく知っている世界遺産,有名なところで観光客が集まる場所としての世界遺産から,もう少し掘り下げて世界遺産を見るようになれば,今までの写真とは違ったアングルも浮かび,世界遺産の再発見にもなるだろうとの期待感も伴っていた。また,改めて世界遺産を巡ってみようと考えている。

先ずは,世界遺産をインターネット上などから整理してみる。

  世界遺産とは?(日本ユネスコ協会連盟 HPより)

1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて定義されている。

文化遺産:顕著な普遍的価値を有する記念物,建造物群,遺跡,文化的景観など

自然遺産:顕著な普遍的価値を有する地形や地質,生態系,絶滅のおそれのある動植物の生息・生育地など

複合遺産:文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えているもの

  世界遺産の登録基準

世界遺産リストに登録されるためには,「世界遺産条約履行のための作業指針」で示されている下記の登録基準のいずれか1つ以上に合致するとともに,真実性(オーセンティシティ)や完全性(インテグリティ)の条件を満たし,締約国の国内法によって,適切な保護管理体制がとられていることが必要です。

世界遺産の登録基準

( 1)人間の創造的才能を表す傑作である。

( 2)建築,科学技術,記念碑,都市計画,景観設計の発展に重要な影響を与えた,ある期間にわたる価値感の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。

( 3)現存するか消滅しているかにかかわらず,ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である。

( 4)歴史上の重要な段階を物語る建築物,その集合体,科学技術の集合体,あるいは景観を代表する顕著な見本である。

( 5)あるひとつの文化(または複数の文化)を特徴づけるような伝統的居住形態若しくは陸上・海上の土地利用形態を代表する顕著な見本である。又は,人類と環境とのふれあいを代表する顕著な見本である(特に不可逆的な変化によりその存続が危ぶまれているもの

( 6)顕著な普遍的価値を有する出来事(行事),生きた伝統,思想,信仰,芸術的作品,あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。

( 7)最上級の自然現象,又は,類まれな自然美・美的価値を有する地域を包含する。

( 8)生命進化の記録や,地形形成における重要な進行中の地質学的過程,あるいは重要な地形学的又は自然地理学的特徴といった,地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本である。

( 9)陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化,発展において,重要な進行中の生態学的過程又は生物学的過程を代表する顕著な見本である。

(10)学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など,生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。

※なお,世界遺産の登録基準は,2005年2月1日まで文化遺産と自然遺産についてそれぞれ定められていましたが,同年2月2日から上記のとおり文化遺産と自然遺産が統合された新しい登録基準に変更されました。文化遺産,自然遺産,複合遺産の区分については,上記基準(1)〜(6)で登録された物件は文化遺産,(7)〜(10)で登録された物件は自然遺産,文化遺産と自然遺産の両方の基準で登録されたものは複合遺産とします。

  日本の世界遺産(2015.1現在,18件)

登録名 登録年 備考
法隆寺地域の仏教建造物 1993.12  
姫路城 1993.12  
屋久島 1993.12 自然遺産
屋久島国立公園
白神山地 1993.12 自然遺産
古都京都の文化財 1994.12  
白川郷・五箇山の合掌造り集落 1995.12  
原爆ドーム 1996.12 負の世界遺産
厳島神社 1996.12  
古都奈良の文化財 1998.12  
日光の社寺 1999.12  
琉球王国のグスク及び関連遺産群 2000.12  
紀伊山地の霊場と参詣道 2004.12  
知床 2005.07 自然遺産
知床国立公園
石見銀山遺跡とその文化的景観 2007.06  
平泉−仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺産群− 2011.06  
小笠原諸島 2011.06 自然遺産
小笠原国立公園
富士山−信仰の対象と芸術の源泉 2013.06  
富岡製糸場と絹産業遺産群 2014.06  

  国内の暫定リスト(世界遺産候補地 ユネスコ暫定リストに記載)

暫定登録名 候補年  
明治日本の産業革命遺産−九州・山口及び関連地域 2015  
長崎の教会群とキリスト教関連遺産 2016  
国立西洋美術館・本館 2016  
暫定登録名(北から順) 候補年  
北海道・北東北の縄文遺跡    
佐渡鉱山の遺産    
武家の古都・鎌倉    
彦根城    
飛鳥・藤原の宮都と関連遺産群    
百舌鳥・古市古墳群    
宗像・沖ノ島と関連遺産群    
平泉の文化遺産−拡張申請    

ここまでは,世界遺産の整理であり,もっと詳細を知ろうとすれば,インターネット上でいろいろな知識が得られるので,検索してみてください。講義の内容に触れる前に,下準備として世界遺産の知識として整理してみたものである。

  「世界遺産論」の講義から

「世界遺産論」の講義は,京都嵯峨芸術大学 真板昭夫 教授によって進められた。先生自身,ガラパゴスなどを始め,これまでいろいろな世界遺産関連の仕事に携わって来られており,日本の世界遺産にも造詣が深く,特に各地の文化遺産,自然遺産の仕組みづくりなどにも参画されておられ,話題は豊富である。

講義は,なぜ,@世界遺産の指定が必要なのか?A誰のためか?B何を守るのか?C遺産を守り続ける仕組みとは?などテーマを設定し,ビデオ,資料などを用い,学生に考えさせ,毎回のようにレポート作成とその発表,ディベートを行いながら,世界遺産の本質に迫ろうと試みられている。学生は50人程度,京都嵯峨芸術大学の学生が殆どであるが,他の大学からも数人が受講している。

学生は平成生まれと云うから,私の息子と孫の中間の世代である。のんびりと平和に育った若者なので,余り深い考えなどしていないのではと思っていたが,授業で繰り返される発表や意見を聞いていると,なかなかよく考えていると感心させられる場面も何度かあった。もちろん経験不足な面を覗かせながらも,世界遺産についての知識は幼なくとも,真剣に学び,自分の意見や考え方についてはしっかりと主張できる姿には,見直させられることが多かった。

  ケーススタディ1:屋久島

随分昔に見たNHK「プロジェクトX」の屋久島の世界遺産への取り組みのビデオを見せられる。昭和40年代,屋久島出身で,退屈な島を出た若者の一人である東京の学生が,屋久島の伐採で自然が壊されて行く姿を嘆き,地元に帰って伐採中止を叫ぶ取り組みを始める。一方,地元では伐採に関わる仕事で生活をしている多くの住民がおり,彼らは,「それで島が潤っている現状をよく見ろ」,島を出た人間が何を云うかと反発,自然を守ることだけで生活ができないと摩擦が起こる。

その頃,役場の職員が縄文杉の見つけ話題となり,自然の素晴らしさを訴える。しかし,住民集会を開き,屋久島の杉は宝だと理解はできても,多くの住民の生活を支えている基盤を無くすことはできず,国有林だったこともあり伐採は加速し,一部では8割が伐採された。その討論会から5年後,昭和50年代に入り,台風で土石流が発生し被害(伐採が原因)が出た。この事件で島民は森の大切さをしみじみと感じる。しかし,住民の意思とは反対に国有林のため国の伐採は止まらず,島民が鹿児島県庁(林野庁が出向)にまで,伐採中止を訴える。

それでも国は伐採を止めなかった(日本全体では杉の需要が強かった)。そこで,縄文杉の伐採論を打ち出し,世論に訴え衝撃を与える。そこで屋久島の自然を守れとの声が上がり,農林大臣が動く結果となり,大臣が屋久島の現状を視察し,ようやく伐採中止が決まる。その間,長い間自然を守るために戦い続けた人の執念が実ることになった。

屋久島は古くから国立公園に指定されていた。本来国立公園ならば,自由に伐採することは禁じられていたはずで,それなのになぜ,自然破壊がこれほど進んだのか?疑問を抱いた。先生からの説明では,屋久島すべてが国立公園の範囲ではなく,逆に国有林が多かったため,国の施策として木材の需要が高く,伐採して供給することが日本全体の生活を豊かにすることになっていた。昭和40〜50年代は,自然保護よりも開発優先の時代背景があったとのことであった。世界遺産までの道程は長かったが,屋久島の自然を誇りとし,未来に継承して行きたいとの強い思いの「執念」が,実らせたものであるように感じられた。

学生の間での,ビデオを観た感想では,つぎのようなものがあった。

  1. 美しい自然を未来に残す大切さを知った
  2. 林業者と自然保護者との対立,生計を立てている人との対立は必ずある
  3. 杉を見ているだけでは飯は食えない,との気持はよく判る,地元住民の理解が必要
  4. 自然と人間がバランスが取れていることが重要,最近の世界遺産登録は,本来の目的から外れてはいないか?
  5. 世界遺産は自分たちが大切に守りたいもの(歴史,文化など)を保護する手段として必要
  6. 世界遺産に登録されなかったら,自然が壊されてしまっていたのでは?
  7. イベントなど一時的には盛り上がっても継続は難しい,世界遺産への指定は継続ができる
  8. 愛着と誇り,この気持を世界遺産の登録で価値を認めて貰えた

  ケーススタディ2:熊野古道

次は熊野古道の事例で,道が世界遺産になったのは,世界で二番目で,スペインの巡礼の道に次ぐものだった。その古道は,江戸時代に作られた石畳があったが廃れて道が無くなっていたが,見つけ出し,保存会の人達の努力で清掃が行われ,観光客が歩けるような道に修復されている。世界遺産に登録されて10年が経過するが,いろいろな問題があるようである。

その一つは,広範囲に亘る山道なので,その保全がたいへんなようである。つまり,ボランティアでいろいろな保存会のメンバーが分担して,保全のための清掃,道の補修などを行っておられるようだが,そのメンバーの高齢化が進み,保全が十分行き渡るようにできない現実があるようだ。もちろん,観光客への協力の呼びかけもされているようだが,思い通りには進んでいないようである。山道は,単に人が歩くだけでは維持ができない。文化財としての価値を失わないようにする努力が続けられてはいるが,いつ危機遺産リストに入ってしまうかもしれないようである。

世界遺産となったことで,外国人を始め多くの観光客が来ること自体は歓迎されていることであるが,必ずと云ってよいが,観光客がまき散らす多くのゴミが問題になる。マナーの問題とはいえ,深刻なことのようである。ゴミ箱を設置しても,それが満杯になるなど景観上の問題となり,対策としてゴミ箱を撤去されると共に,ガイドの啓発活動などにより,観光客に自らのゴミは自分たちで持ち帰るように呼びかけ,その結果ゴミ問題は解決されているようである。

また,地元住民の中には,林業が思うようにできなくなり反対の声もある。世界遺産の登録により,規制が掛かり,思うように仕事ができなくなっている現実があるようだ。元々,世界遺産への登録を急ぐ余り,地元の地権者との合意が十分なされないままに登録された経緯もあるようで,地権者の怒りが熊野古道の道端の木に落書きとして現れ,他では見られない問題も残っているようである。何度かの話し合いにより,落書きは減少したものの,まだ一部には残っている場所もあるやに聞く。

世界遺産は誰のためか?を考えさせられる事象である。やはり,地元住民が喜んで参画する世界遺産でなければならないし,そうでなければ,熊野の良き文化を後生に永く受け続けられるものにはならないだろう。

  ケーススタディ3:富士山

上記の屋久島や熊野古道と違って,富士山は放置しておくと廃れてしまうものではない。また,自然遺産では落選しており,再選はあり得ないと云われていたのに,なぜ,文化遺産として登録されたのか?富士山は日本の象徴の山として人気があり,世界遺産に登録されなくとも観光客は多い。むしろ,観光客の増加による登山の危険やゴミ処理の問題などリスクが結構多い。それなのに,なぜ世界遺産に登録されたのか?世界遺産の登録に異議を唱える声も多い。

富士山の自然は美しく優雅であり,日本の象徴として古くから崇められている。それは富士山が,他の日本の山とは違って信仰の山であり,古来,浮世絵,詩などの対象となり,富士詣など全国各地から富士山を目指して参詣する人も多い。つまり,自然の美しさもさることながら,日本文化の代表的な対象物にもなっている。こうした日本人の拠り所として文化遺産に認められたものである。全くその通りではあるが,自然遺産と文化遺産を併せた複合遺産への登録もあったのに,自然遺産の価値を認められなかった背景をよく考えてみる必要がある。

ここでも世界遺産に登録されることに対する賛否両論の対立がある。夏山のシーズンに約30万人の人が訪れる富士山は,観光客で溢れている。しかし,観光客で潤っている地元の商店などは,世界遺産に登録され,さらに観光客が増え,販売増が期待できると歓迎する。一方,富士山をよく知り,自然を大切にしている人々は,これ以上の観光客は危険やゴミの大量発生などの問題が発生すると警鐘を鳴らしている。

実際,ユネスコの世界遺産登録に対して,富士山は条件を付けられているようである。詳細なことはよく判っていないが,登録後の3年後2016年2月までに,保全状況報告書を提出しなければならないことになっている。その中には,登山道の受け容れ能力を研究して来訪者管理をどのようにするか,登山道及び山小屋,トラクター道の総合的な保存方法の検討,緊急危機(噴火・火災など)対策,周辺開発の制御などについて課題を投げかけられているようである。それらを明確に回答できないと,危機遺産もしくは登録抹消になるリスクを負っているようである。

野口健さんなどのアルピニストが,富士山の実態を嘆き,清掃活動を始めとする,世界遺産に相応しい富士山にするための取り組みを地道にされている。その活動を詳しく知っている訳ではないが,インターネットなどの意見を見てみると,私達が想像する以上に富士山が汚され,あの秀麗な姿には似つかわしくない実態が暴かれている。それらからは,明らかに自然遺産とは言い難い内容を露呈している。世界遺産登録がきっかけで,ゴミの問題など解消されればよいのだが,現実問題はそのようにはなっていない。

信仰の対象としての文化遺産と云いながら,周辺の湖で,モータボート,ジェットスキーなど文化遺産に相応しくない面をイコモス(ユネスコの審査機関)は指摘しており,これらは世界遺産になる前までは,レジャー施設として多くの観光客に親しまれ,それで生活している地元の観光業者も多いようである。ところが,世界遺産になったが故に,そうした観光業者の生活を脅かすことにもなっており,大きな問題になっているようである。

また,別の問題では,富士山麓に広大な自衛隊の演習場があって,世界遺産には似つかわしくない裏側の実態がある。厳密には,世界遺産には,構成資産(コアゾーン)とその周辺の緩衝地帯(バッファーゾーン)とがあり,これらがユネスコの監視下にあり,演習場はこの地域には入らず,国・地元が自主管理する「保全管理区域」で,さらにその中にある米海兵隊キャンプ富士は,この保全管理区域からも除外されている。全体の地形をみれば,明らかにいびつな区分けに疑問符を付けざるを得ないものである。

ただ,ユネスコが指定する世界遺産には,世界の中にはこのような軍事区域を抱えたものもあり,世界遺産としての手続き上の問題は無いようである。ただ,素直な気持ちで考えれば,文化遺産として認められた富士山と,その一方で山肌などげ削られていく演習場の存在とは相容れぬものがあり,この矛盾をどのように解決して行くかは,残された課題である。

  ケーススタディから見えるもの

世界遺産とは,真に誰のものなのだろうか?世界遺産登録が,どれほど価値のあるものなのか?確かに,貴重な財産・宝が消え去ってしまうことは嘆かわしいことであり,且つ取り返しがつかない重要なことである。だからと云って,地元住民を始めとする,そこで生活している人の権利を奪ってしまって良いものではない。もちろん,利害の対立は大きさの違いはあれ,どこでも起こる問題である。

多数決と云う単純な合理性ではなく,殆どの人が十分納得できる世界遺産でなければ,永続きはしない。世界遺産は一時的に観光客を集めるものではない。如何に,永続的に後生まで,守り続けられる価値あるものでなければならない。いろいろな問題を目の辺りにして,世界遺産に登録されていなければ,どうだっただろうかと,果たして本当に世界遺産に指定されることが,みんなの幸せになっているのか考えさせられる一面があった。

  新しい世界遺産を創出し,1000年先まで継続するにはどうすればよいか?

これが講義終了時の最終回に出されたテーマで,時間内に記述せよと云うのが試験である。もちろん,何を持ち込んでも構わないし,事前に作成しておいても構わないと云うものであった。だから,事前に準備した内容をアップすることにしてみる。

新しい世界遺産を創出すると云っても,いきなり何から書き出してよいか戸惑ってしまう。そこで,先ずこれまで授業で学んできた世界遺産について,いつの代までも継承することが重要であり,それについて考えてみることにする。

継承するために何が必要か

美しいと感じるもの,いつまでも残しておきたいと思う宝物(世界遺産に登録されるようなもの)を次世代,孫の世代までといつまでも継承すること自体に異論を唱える人は少ない。良いものを自分たちの世代で終わらそうとする人は少ない。その純粋な気持ちと裏腹に,人間の利害関係が結びつくから厄介な問題が生じる。即ち,自然保護を大切にと訴える人と,自然保護は大切だが,それだけでは飯が食えないと訴える人との対立である。世界遺産のあるところに必ずと云ってよいほど起こっている対立の構図である。

もう一つ,世界遺産の保護には,いろいろな面で保全が必要で,ボランティアがそれを担っているところが多い。しかし,これにも限界があり,若い人の参画が少なく,高齢化が進み,思うように保全ができない問題が持ち上がっている。世界遺産に対する世代間格差である。安定して保全が継続するには,世界遺産に関わりがある人(地元の人々,観光客,関連団体など)が,一致協力して保全に当たることが重要である。こうした保全の仕組みが上手く廻るようにしようとされているが,なかなか思い通りにはなっていないのが現状である。

観光客は一時的な関わりだけで終わるが,地元の住民は年がら年中世界遺産と向き合わなければならない。つまり,地元住民の参画,支援無しには,世界遺産の保護は成り立たない。その住民の利害は様々で,観光客相手に商売で儲かる人も居れば,遺産保護の規制によって,林業など以前のように自由に伐採,植林などができず,生計に支障を来している人も居る。或いは,観光客の増加によるゴミ処理の問題に悩まされる地元もある。世界遺産の登録による急激な変化(観光客の急増など)は,地元住民の生活を脅かすことにもなっている。要は,地元住民の生活の一部に,世界遺産保護の活動が溶け込んでいるかどうかに掛かっているように思われる。

そのためには,世界遺産を守る自然保護の活動と快適な生活を望む住民の思いとが上手くバランスの取れた状態が維持されていなければ,継続することは難しい。もちろん,過渡的な状態として,自然保護が優先されたり,逆に快適な生活のための開発に重点が置かれたりすることはあっても,永続的に両者がバランスが取れた状態になっていることが必要不可欠ではないかと思われる。もちろん,定期的な会合などで,住民の意見が十分交わされ,お互いが納得しながら生活ができることである。

世界遺産の確実な継承をするには,やはり世代間を超えた共通認識が重要で,そのためには,先ず親が子供に,世界遺産の重要性を伝え(目的や狙い,その背景にあったものなど),正しく教えることである。情報が氾濫しているので,親が教えずとも自然に知識として知りうることは容易に想像できるが,親がきっちり子供に教えることはIT時代にあっても必要で,教育の基本である。三つ子の魂百までとの諺もあるように,小さい頃に教わった記憶は一生涯持ち続けるものである。また,見よう見まねだけでは,意志が十分伝承できないことも起こり得るので,きっちりとしたルールや仕組みづくりも必要である。もちろん,時代背景によって変化も起こりうるので,定期的な(普通はルールなどは5年毎に)見直しも必要で,見直しが繰り返されることが,世代間の継承にもなる。

先般紹介された大沢の池の修復に関して感銘を受けた。昔の元通りに復元することは容易なことではない。元通りが真に正しいかどうかの証明は,証拠となる図面や絵画があればよいが,庭や池など創った当時の人の感覚で変えられ,出来上がったものそのものでしかない。そのものが時代を経て廃れてしまっていると,確証を得ることができなくなってしまっている。それなのに,1200年も前の人の思想・考えが,嵯峨御流と云う生花に伝承されてきている素晴らしきものを見出したことには感服した。永く伝承されるものとはこういったものかと再発見させられた。

新しい世界遺産の創出について

これまでの世界遺産は,殆どが先人の遺産であり,過去1200〜1300年間に創り出された,或いは自然の成り立ちで出来上がったものばかりである。それらを大切に未来に引き継ぐことは重要なことであるが,我々の時代に世界遺産を創造することはできないものだろうか?次はそれについて考えてみることにする。

廻りをよく見渡してみると,まだまだ世界遺産に匹敵すると思われる大切な日本の宝が一杯あるように感じている。それらを世界遺産に相応しいものであることと見出すことが一つの方法である。その代表例として,伊勢神宮などが挙げられるのではないか。日本の神道の源であり,天照大神が祀られ,年初には歴代の総理大臣が参拝される日本の代表的な神社である。式年遷宮を始め数々の催しは,古式豊かに1000年以上続けられている。20年に一度建て替えられているとか,世界遺産への申し出がないとか,言われているようだが,これほど世界遺産に相応しいものは他には無いのではと感じている。見方を変えれば,今更世界遺産へ登録するまでも無い,と云うのが素直な日本人としての気持ちかも知れない。

また他方では,江戸時代の陸上の主要交通路だった五街道(東海道・中仙道・日光街道・奥州街道・甲州街道)が江戸を起点として設けられ,一里塚が整備され,宿場も一定間隔で作られ,今も残っている。世の移り変わりで,昔の面影は無くなってしまっているが,街道そのものは現在も存在している。昨今では昔を懐かしみ歩いて廻る人も結構多い。戦後から高度成長期までの時代よりも,改めて見直されてきている感もあり,実家の前の中仙道を歩く人など生まれてこの方見掛け無かったが,最近は数人,或いは数十人の団体で散策して廻っている人をよく見掛ける。

数100kmに及び地元と云っても多くの県・都市に跨り,世界遺産として申請することには困難が多いと思われるが,近代国家を形成していった重要な幹線道路で,重要な遺産であることには違いない。世界遺産としては,世界では巡礼など文化的意義の深いものしか認められていないようであるが,観光立国を目指している日本としては,大切な財産であり,外国人に日本の本当の良さを知ってもらうためには,街道を巡り,古き日本の伝統の良さを知って貰うには,誠に有効な手段の一つではないかと感じている。ただ,今日の京都の実態を知ると,日本の素朴な街並み,田舎の素朴な人の心などが,世界遺産に登録されることによって,中国人や韓国人に荒らされると想像すると今のままの方が良い気がするのは私だけだろうか?

さらには,伝統工芸と云われるものの中にも,日本固有の優れた技術が結集されている。京都には優れた工芸品が数々ある。西陣織,京友禅,清水焼,京人形,京仏具などどれも日本を代表する伝統工芸品であり,大切に守られている。世界遺産の対象にはならないものかもしれないが,世界遺産同様,大切に未来へ継承すべきものばかりである。ただ,これらの多くが数多くの工程を経て成り立っているもので,一部の工程の後継者が居なく,工芸品として維持することが難しくなってきている現実がある。実用的で無いものは廃れて行くのは,世の常ではあるが,世界遺産と云わなくとも,古き良き伝統を切らさずに継承し続けるのは,我々の世代に課せられた重要な役割ではないだろうか。こうした古き良き伝統を大切にする風土づくりこそ世界遺産を創り出す道筋ではないだろうか。

古いものを再発見し,世界遺産に登録するのも一つの方法だが,他方,現状の生活に溶け込み実用として使っているものの中にも,時代を変えるような重要な発明品・取り組みも無い訳ではない。例えば,超特急の新幹線,これは現代の日本社会形成に大きく関与し,日本の高度成長期を支えたもので,安全神話と共に世界に誇れるものである。また,「はやぶさ」に代表される日本の宇宙開発,JAXA,種子島宇宙センターの役割なども,世界に誇れる重要な日本の宝である。実用として活用している現在では遺産とは云わないが,時代が進んで振り返ってみると,20世紀から21世紀に掛けての偉大な遺産に格上げされることもあり得るのではないだろうか。

文化・文明の発達を促すものの足跡には何らかの素晴らしいものや,形或るものではなく無形のものもある。こうした大切なものを大事にする心を持ち,次の世代へと引き継いで行こうとする活動が,やがては歴史的な世界遺産へと発展し,次の世代へ継がれて行くことになる。こうした地道で着実な活動,それがやがて,新しい世界遺産の創造に結びつくのではないだろうか。

新しい世界遺産の創出は容易なことではない

日本が誇れる良きもの,それを真に大切にする心こそ世界遺産への歩みの一歩である

  *京カレッジについて

京都の約50の大学・短期大学で構成される公益法人大学コンソーシアム京都が1997年より,京都市と連携して「シティカレッジ」を開始し,社会人を対象に大学レベルの高度な学習機会を提供してきている。募集ガイド(300ページほどの大冊)は毎年3月初旬から無料配布され(インターネットでも取り寄せられる),3月の15日頃から20日頃の一週間内に受講の申し込みの受付があり,無料から半年20000円程度の授業料で,いろいろな授業を受けることができる。申し込みは,期間内のみでインターネット,郵送などで受け付けられ,定員をオーバーすると抽選になる。

大学構内で行われる通常の大学の授業から,社会人を対象とした「京都」に関した現地視察など様々なものがあり,一見の価値はある。私自身,ここ3年間続けて受講しているが,大学生に混じって学ぶことも楽しいものである。社会人対象の京都学(京都に関連した特別講義が数種類あり)などは無料で人気があり,抽選で,私自身最近は外れてばかりである。事務局の場所は,キャンパスプラザ京都で,京都駅の西側,ビッグカメラの向かい側にあり,資料はここで無料で配布されている。(インターネットでも可能)

興味ある方は,是非参加してみてください。

京カレッジのホームページ(URL:http://www.consortium.or.jp/project/sg/details)を参照ください。