■「金亀一三会」ホームページ開設に当たって

ホームページ立ち上げ苦労話

それはちょっとした思いつきから始まった。昨年(20008月)35年振りに同窓生と出会い、殆どの人が卒業以来初めてで、顔は学生時代の面影からうっすら覚えていても名前が出てこない。こっそり名札を見て、ようやく想い出し始める。話し出すと時間の経つのを忘れ、あっという間の5時間が過ぎ、2次会へ。次々出る想い出話や、近況報告。名残り惜しみつつまたの再会を約す。こんな素晴らしい会合を計画して頂いた委員の方に感謝し、その準備のご苦労がさぞかし大変だったことを労う気持ちで、委員長、及び事務局へお礼のメールをした。そのとき、もっとみんなが語り合える機会があればと、ホームページを提案した。事務局の沢田君に賛同され、さらにはその後の幹事の方の反省会で、是非、「金亀一三会」のホームページをとの話に盛り上がったようであった。

言い出したのは私、仕事は全く関係ないとはいえないが、インターネットや、メールは数年前から自由自在に使っていた。しかし、自分のホームページを持っている訳でもなく、それほど自信はなかったが、ただ、性懲りもなく未だに若者には負けたくない性格からと、何とか皆さんの少しでもお役に立てればとの思いから、作成にとりかかった。ホームページの枠組みはすぐに出来たので、事務局である沢田、鈴木両君と、書記の宇野さん、それにそのとき集まった森野(光)君に見てもらった。“皆さんにどしどし書いてもらって充実させて行こう”とのことで不十分承知でアップ(ホームページを掲載)することにした。

ところが、掲示板(インターネットで書き込むとプロバイダのコンピュータで自動処理してくれるもの)がなかなかうまくできない。スタートは、掲示板なしでメールをもらったら、それを載せることにしようとしていた。しかし、それでは付きっきりでホームページの管理者が必要になる。鈴木君のご令嬢の力を借りてでも各自が自由に書き込みができなければ、と言った意見もでてきた。それから悪戦苦闘一週間、それらしき関連の書籍を買い求め、いろいろなホームページを眺め、ようやく自由記述が出来る掲示板ができ、このようなホームページができあがった。専門家ならばもっと工夫を凝らした、人目を惹き付けるものができたであろう。手作りで、私の力では精一杯の作品である。そのことよりも、一人でも多くの人がこのホームページに集い、これがきっかけで輪が広がる、交流の場ができればすばらしいのではないかと、そのチャンスを提供できただけでもよかったとほっとしながら自己満足している。 

 

「金亀一三会」ホームページの充実と今後への期待

とにかくホームページの枠組みはでき、スタートを切ったばかりである。インターネットでいろいろ他のホームページをサーチしてみると、コンテンツ(ホームページの中身)が初歩的なものから、専門的なものまで千差万別である。多分、このような同窓会のホームページを作っておられるところもあるのだろう。“同窓会/ホームページ”を検索エンジンで調べたら、1000件以上も出てきたので、きっと見本になるようなものもあるだろうと思われる。しかし、「金亀一三会」のホームページの主人公は、ここに集う皆さん一人一人であり、ここに参画することにより、いつでもバーチャルな同窓会(インターネットを通じた仮想的な同窓会)が開催できるようになったと考えて頂ければ良いのではないだろうか。即ち、このホームページを充実させるのも、皆さんであり、是非大事に育てて欲しいと願っている。それには、パソコンが良く判っているか否かではなく、参加し掲示板に思ったこと、感じたこと、或いは皆さんに伝えたいことなど、何でも結構ですから試しに書き込んで頂きたい。あまり、失敗を恐れずに。間違ったら連絡頂ければご本人の意向を最優先で削除も。或いは、それでも名前を出したくないと思われるなら、事務局へメールしてもらっても結構である。掲示板だけでは物足りないと感じておられる方は、HTML形式(ホームページに掲載できる形式)でなくても、電子メールで届く電子データの形式(WordExcelを推奨、他でも結構です)でメール頂ければ、ご本人の了解の上で、ホームページへ掲載することも検討している。とにかく、内容豊かなホームページに出来るか否かは皆さん一人一人の参加度合いに依ることを忘れないで頂きたい。

ところで、生意気な説明をしてきたが、ホームページとしてはよちよち歩きである。我々の仲間には、すばらしい能力を持った方が多くおられ、例えばこのホームページもあっと驚くようなものに仕上げられる方が数多くおられるのではないだろうか。もし、そんな方がおられたなら、遠慮なく申し出て頂いて、よりステップアップしたホームページに変身させていただけることを願っている。

 

団塊の世代とインターネット

我々の世代、昭和212年生まれのいわゆる“団塊の世代”の始まりの者にとって、今日のような世界が来ようとは、少なくとも学生時代には考えられなかった。コンピュータといえば、IBMの大型コンピュータで、大学生になってソフトウエアと言う言葉と出会い,当時、フォートラン(Fortran:科学技術計算用プログラム)を勉強させられたことを懐かしく想い出す。社会人になり、数年してマイクロコンピュータが出現、それも4ビットのものであった。やがて、個人でも利用できる8ビットのマイクロコンピュータがパーソナルコンピュータとして出始め、16ビット、32ビットと進化してきている。もちろん出始めた頃は、現在のWindowsではなく、MS-DOSといった、文字ばかりのもので、プログラムを組んで、グラフなどを書かせていた。当時では、パソコンが一式(本体と、CRT、プリンタ)で6070万円していた。やがて仕事でも表計算などにパソコンが入りだしたが、その頃既に35才を過ぎた我々の世代は、パソコンを自ら進んでさわる人もいたが、パソコンは若い世代に任せ、というより、仕事一途にそんな余裕もなく働き続けたのが我々の世代ではなかったか。ごく限られたマニアがパソコンを操っていたが、Windows になって、GUIGraphical User Interface:文字ではなく、絵でやりとりができるようになった)で、容易にパソコンと親しめるようになり、特に1995年のWindows95が出現し、一気にパソコンブームが到来、やがてインターネットも一般に使えるようになり、各地にプロバイダができ、今日のどこでも、いつでも電子メールやインターネットができるようになった。

従って、我々の世代でも今ではパソコン、電子メール、インターネットなど仕事上使っている人は多い(というより、使わざるを得なくなってきている)。コンピュータリテラシー(パソコンを使いこなせる能力)は、我々の世代は会社の中でもぐっと落ちる。しかし、我々の子供達の場合には、パソコンができることが有利ではなく、不可欠なものとなっており、実際、現在の就職活動はインターネットで行われており、インターネットができないと就職活動もできない有様である。我々の世代でも、50才は既に過ぎたが、これからの人生の中では、必ずしもパソコン、電子メール、インターネットは不可欠なものではないが、インターネットの無限の広がり(買い物、予約、情報検索、ニュースなど、有用なものもあれば、日本では禁止されているものも見られる何でもありの世界ではあるが)を、このホームページをきっかけで、一人でも二人でも多くの人がインターネットに親しみを覚え、電子メールでやりとりすることにより今まで以上に世界が広がり、熟年をよりエンジョイできればと思っている。

 

[2001.03.31 Reported by 「金亀一三会」システム担当  Hitoshi Nishimura