■趣味について(その3 写真)

数ある趣味の3番目は写真を紹介します。

◆カメラ

デジタルカメラが流行っている今日,未だ普通のカメラを使っている。しかも,バカチョンカメラである。

カメラとの初めての触れ合いは,確か高校時代だったと記憶している。当時,ハーフカメラと云って,普通のサイズの半分のカメラがあった。親父がそれを買ってきたので,初めてとあって,身近なものを撮ったように思う。その後,大学生になり,アサヒペンタックスを持つようになり,それが私の数十年にわたる愛用機になってしまった。

当時から,ニコンは高く,キャノン,ミノルタは重く,最も軽量で1kgを切る重さが唯一ペンタックスであった。(ペンタックス,ペンタックス,ペンタックス,ペンタックスだよ,(?)ってコマーシャルがありました。)最初に気に入った写真が撮れたのは,大学3年生,東北への独り旅で,十和田湖周辺だったと記憶するが,ナナカマドの紅色の葉と白樺の白い木々が見事に調和されたものだった。

それ以来,風景写真に凝り,特に社会人になって大阪に住んでからは,寮生活の4年間,京都の神社,寺はくまなく巡り,写真集ができるほど撮りまくり,給料の何分の一かは,毎月写真屋につぎ込んでいたこともあった。そのころにはカメラも2台(同じくペンタックス),モノクロの引き伸ばし機も買い込み,自分で現像することもあった。今でこそ,ポピュラーになってしまったが,年賀状も独身時代,今から30年前から,モノクロ写真で自分でプリントしていたことがある。(結婚,子供ができた3〜4年はモノクロ写真で,自分で作って親戚など親しい人には挨拶代わりにしていた)今でも,写真道具一式が二階の物置に眠っており,処分せねばと思っている。

風景写真は,アングル,構図がポイントで,実際の自分の目の高さで見ているのと,一寸したアングルの違いで(例えば,地面すれすれのローアングルなど),ガラッと様子が変わることがある。常に,どのアングルから撮ればその情景が,その場の雰囲気を見ていない人にまで伝わるか?と見渡している。いつの間にか,身に付いた習性である。今では,愛用機も動作しなくなり,ここ数年はペンタックスのバカチョンカメラを使っている。カメラの良さもあるが,やはり写真はその人が何を狙っているか,その方がずっと大きい。その人のいわゆる腕である。バカチョンと云う無かれ,最近のバカチョンカメラはなかなか優秀である。

人物写真は,なかなか苦手である。いわゆるシャッターチャンスをどのように捕らまえるか,が難しい。しかし,子供ができた頃からは,子供の写真を撮りまくった時代がある。何かイベントがあると,カメラを持って歩いた。(当時,8mmも流行っており,8mmのフイルムもかなりある)従って,上の息子(26歳)と下の娘(24歳)のアルバムは,生まれた時から小学生時代までは,かなりきっちり残っている。(息子,娘共に,アルバムが数冊ある)表情豊かな子供の姿が残っている。

写真は,シャッターチャンスとアングルの狙い,これに尽きる。また,デジタルカメラも非常に便利で,その場ですぐに見られたり,電子データで保存できるなど,そのメリットは大きい。しかし,従来のカメラの良さ,銀塩カメラのきめの細やかさには敵わない。最近の300〜400万画素のもので,ようやく同等程度のなってきたが,大きく引き伸ばした場合には,まだまだ及ばないものがある。したがって,未だに従来のカメラで,電子データにはイメージスキャナーで自由な画素にして扱っている。これで十分である。

こんなことを書いていると,またカメラ好きの虫が動き出して,風景写真を撮りに歩き回りたい感傷に駆り立てられている。女房からは「これ以上,趣味を増やさないで」,子供からも「おやじは趣味の領域を超えている」と云われているが,これまで撮った写真とこれから撮り続ける写真とを合わせて写真集(新たなホームページに)にしてもよいとさえ思っている。

数枚の写真を紹介する。(撮影は PENTAX ESPIO140M いわゆるバカチョンカメラです)

▼我が街並 初夏のケヤキ並木(枚方市 香里ヶ丘)

hobby01.jpg (44197 バイト)

hobby02.jpg (59022 バイト)

▼アイガーの北壁(スイス)

hobby03.jpg (46661 バイト)

▼スイスの田園風景(氷河特急の車内から)

hobby04.jpg (38103 バイト)

▼フィレンツェ の街並(イタリア)

hobby05.jpg (61156 バイト)

▼グランドキャニオン(アリゾナ)

hobby06.jpg (79194 バイト)

▼ゴールデンゲート(サンフランシスコ)

hobby07.jpg (72834 バイト)

 

[2002.01.05  Reported by 「金亀一三会」システム担当  Hitoshi Nishimura