■伝承について

我々も60歳に近くなってきている。会社生活でも残り2年になってしまった。我々が社会人になった20世紀の後半,高度成長期の最中に育てられた世代と,最近の若者とは様変わりしてしまっている。一生懸命頑張ればそれに見合った成果が得られた時代と,一つ方向を間違えば,大企業とて倒産の憂き目を見ることになる昨今とは,時代が全く変わってしまったと云わざるを得ない状況である。

年をとったせいではあるが最近の若者を見ていると不甲斐ない感じがしてならない。会社でもこのまま果たして大丈夫だろうか,と云う思いさえする。そうした気持ちで年寄りから若者へ伝えておきたいものを毎週エッセイの形で書いているものがある。仕事に内容なので,ここでは差し控えるが,同じことが我々の日常生活でもある。しかし,なかなか伝承できていないのが実態である。

インターネットの中で見る限りにおいて,伝統芸能や伝統文化を後世に残そうとされている活動がいろいろなところで展開されている。そうした,是非とも後世に引継ぎ残さなければならないと云った大それたものではなくとも,語り継がれるべき何かがあるように感じることがある。これは単なる年寄のお節介な気持ちだけではないような気がする。

お袋の味

最も身近なもので云えば,お袋の作るいろいろな料理である。その家庭独特の味がある。最近はレシピと云って,料理の作り方を材料,作り方などが出来上がった料理の写真まで載っていて,そのマニュアル通りやれば,そこそこのものが出来上がる。料理に長けているわけでもなく,味にうるさいわけでもないが,所謂「お袋の味」とは,何か違ったものがある。

それは子供の頃から,ずっとその味に慣れ親しみ,身に染み付いた(舌に染み付いた)ものである。お袋と一緒に生活しているわけではないので,その味を懐かしんでいるだけかもしれない。それとも,自分が知らないだけで,女房の実家の家庭の味を伝えているのかもしれない。息子も独立して家を出ているが,家庭の味が伝わったようには思えないし,娘もまだ家に居るが,それほど料理に熱心でもない。果たして未だ「お袋の味」が伝承されているのか,極めて心もとない。

この話は,男の私がするのではなく,女性軍の話題かもしれない。

私の「お袋の味」と感じているものが,いくつかある。味噌汁では,冬の「納豆汁」と夏の「ゴマ汁」(なすびの亀の子汁)である。この味は,自宅で味噌を作っていた(豆を炊いて,臼でつぶし,買ってきた麹とを樽で一夏ねかせる)し,納豆は,新米をとった藁でツトに編んでその中にゆでた暖かい豆を入れて,一昼夜こたつとともに置いておくと納豆ができ上がっていた。(新藁に納豆菌が居て発酵させる作用があった)最近では作らないが,大阪でも,納豆菌を田舎から取り寄せて,弁当箱にゆでた豆を入れて,納豆菌を塗せて作ったこともあった。この納豆を昔はまな板の上で包丁でコンコン小さくなるまで叩いた。今ではミキサーがあるのでそれですりつぶして,豆腐だけの味噌汁にすりつぶした納豆を一杯入れると,納豆の風味があって刻みネギを添えると実にいい味が出る。なすびのゴマ汁も豆腐をなすびに,納豆をゴマに置き換えたものである。他にも,山椒を使った「山椒昆布」や「山椒の田楽味噌」などもある。

滋賀には,鮒寿司と云う伝統のものがある。(これは料理ではないが) これも漬け方やその管理方法でずいぶん味が違う。この前の,委員会の集まりで,高木さんが自分で漬けた鮒寿司を持ってきてご相伴にあずかったが実に美味しかった。

戦争を体験した親父の話

我々の世代は戦争を知らない終戦っ子である。親父が中国の戦地に出向いていたので,そのときの写真や話はずいぶん聞いた記憶がある。ほとんど忘れてしまっているが,写真だけは残っている。靖国参拝の話題があるが,我々世代は靖国神社と聞いても,何の感覚,感傷もない。しかし,親父の世代はそうではなかった。鉄砲の破片が当たって,それが未だに脇に下付近に残っていると小さな塊を手で触らせてもらった記憶が未だにある。

写真の中には,中国軍が攻めてくるのに対して,どのような作戦を立てて戦おうとしていたものもあった。終戦後20年か30年して,その仲間で自費出版した戦争の記録もあって,長い間,苦労した仲間と交友関係が続いていたことを記憶している。その記録も読んだこともあるが,今は私の脳裏には記憶は全くない。経験した訳ではないので,単なる記事程度にしか見ていなかった。

最近のイラクなどの生々しい光景を,戦争に行った経験者はどのように感じておられるのだろうか?うちの親父も亡くなって8年にもなる。今頃になって,もっとじっくり聞いて,親父の言いたかったことをしっかり受け止めておくべきだったのか,などと感じている。

若者へのメッセージ

若者に伝えたいこと,それは人様々であるが,何らかのことを感じる齢になったのではないだろうか?それとも,私一人がそんな感傷に耽っているのだろうか?おまえは余裕があり過ぎる,と未だに第一線で生きるか死ぬかとまではいかなくともあくせく働いておられる方からはお叱りを受けるかもしれない。しかし,冷静に考えればそんな齢になったことを厳然と受け止めることも必要である。

最近は,インターネットと云う便利なものができた。自分の意見を自由に公開できる。決して指示命令のように押し付けて従わせるものではなく,読みたいと思う人が,読みたいと感じたときに開いて見ればよい。見たくないと思えば,開かなくても良いのである。開いてみた人を特定するわけでもない。伝承と云った物はそんなものではないだろうか?伝統芸能,文化のように誰かが必ず引き継がねばならないような質のものもあるが,気に留めた人が正しく受け継ぐ,そんな伝承もあってよいのではないか。

そうした観点で,藤川さんのホームページを見ると,確かに自分の記録かもしれないが,それを知った次の世代が,何かを感じ,何かをするきっかけを与え,またその中にある言い伝えを若者が受け継ぐようにも感じられる。

 

 

[2005.03.06 Reported by 「金亀一三会」システム担当  Hitoshi Nishimura