■環境問題について

◆環境月間

6月は環境月間になっています。これは古くは1972年6月5日から2週間ストックホルムで開催された国連人間環境会議において、日本代表は、会議の開催を記念して毎年6月5日からの1週間を「世界環境週間」とすることを提唱しました。国連ではこれを受けて、毎年6月5日を「世界環境デー」と定め、世界各国では、この日に環境保全の需要性を認識し、行動の契機とするため諸行事を行ってきています。

我が国では、環境庁の主唱により、昭和48年度から平成2年度までは、6月5日を初日とする1週間を「環境週間」とし、平成3年度からは、これまで以上に環境保全に関する国民の認識と行動を促すため、従来の週間を拡大して6月の1ヶ月間を「環境月間」として設定しました。

平成5年11月に制定された「環境基本法」においては、事業者及び国民の間に広く環境の保全についての関心と理解を深めるとともに、積極的に環境の保全に関する活動を行う意欲を高めるため、6月5日を「環境の日」と定め、その趣旨を踏まえて、国、地方公共団体等において各種の催し等を実施することとされました。

環境の日‥‥6月5日
環境月間‥‥6月1日から30日までの1ヶ月間

◆最近の状況

環境に対する意識は,多分滋賀県は非常に高いものがあるのではないかと推察しています。といいますのも大きな琵琶湖が中心にあり,この琵琶湖の環境汚染がずいぶん問題にされました。従って,県民の一人一人に環境に対する意識が他の県民と違うのではないかと思っています。

現在,大阪に住む私にとっては,数十年前の田舎と違って,生ゴミなど全て不要なものはゴミとして決められた日に収集車が回収して回ります。田舎では今でも,野菜くずや食べ物などの残りかすは,堆肥として土に返ることから考えますと随分無駄なことをしているようにも感じます。我が家でも,最近になって食べ物の残りかすの一部は,生ゴミ処理機で土に戻せるリサイクルができるものが出てきて利用しています。

或いは,ゴミも毎週決まった曜日に,回収車が回ってくるだけでなく,燃えるゴミ,ビン,缶など分別回収が進められてきています。また,粗大ゴミは市に申し込みをして回収にきてもらっています。以前の生活より便利で快適になった分,この位のことをしても当然と思われます。

会社でも,以前は手元にあったゴミ箱がなくなりました。燃えるゴミ,燃えないゴミ,新聞紙,コピー用紙,など各々決まったゴミ箱へ入れなければなりません。ISO14000といって環境に優しい企業か,否かが問われる時代になりました。また,鉛を始め有害物質を使用しない製品設計,省資源になっているかを問われる製品設計が求められています。

◆最も大切なものは

しかし,最近つくづく思うことがあります。環境汚染の一番進んだのは人間の心ではないか?環境汚染で騒がれるのはゴミなどどちらかと云えば目に見えるものです。人間の心の荒んだ有様は,大きな事件などが起こりますと取り沙汰されますが,なかなか環境汚染されたものとは捕らまえられません。

私達の子供の頃を思い浮かべてください。環境問題とか,リサイクル,リユースなどと云った言葉すらありませんでした。しかし,学生ズボンがすり切れて破れると,母親に綻びを継ぎ当てしてもらい,それを履いていったものです。靴下も戦後は強くなったものの一つ(もう一つは何かとは敢えてセクハラになるので云いませんが)と云われましたが,これも継ぎ当てしたものを恥ずかしいとも思わず使っていました。しかし,最近継ぎ当てしたズボン,靴下など見たこともありません。本当に機能だけで云えば,何ら継ぎ当てしたものが劣ることはありません。しかし,世間の目は違います。どこから,こんな使い捨ての世の中に変わっていったのでしょうか?

私は古いと云われるかも知れませんが,これは完全に私たちの心がいつの間にか時代と共に,環境汚染されてしまったのではないか?と感じます。物を大切にする心,年輩を敬う心,こうした基本的な心の見直しが,環境問題を考える上で非常に大切なことではないかと思います。

何故,このように変わってしまったのか?その原因はいろいろあると思われます。以前のようなのんびりした状況では無くなって来ています。世界の情報が同時に伝えられる世界に,現在の私達はおります。心豊かなのほほんとした世界ではありません。

私は,心の環境汚染の一つの要因に核家族化があると思っています。一世代の家族でなく,二世代,三世代の家族が共に暮らしていますと,家長と雖も,年寄りが上にいて,何かと口うるさく云います。云われながら,文句を云いながらも,年輩ならではのこともあり,自然と敬う気持ちが出てきます。大家族は,特に女の人にとっては,嫁と姑といった問題もありますが,私などは子供ながらに自然とそのような生活を実感しながら育ちました。しかし,核家族では家長が絶対権力者でそれ以上に敬う人はいません。最近は特に,男性が優しくなりすぎて,奥さんの方が権力を持っておられる家庭も増えてきています。即ち,親が年輩者を敬うことを間近に接しない家庭では手本もなく,真に敬う気持ちの醸成は頭でできても実感としてできないのではないでしょうか?最近の子供は,親を敬うのではなく友達感覚になってきているケースも見られます。

心の環境汚染,あなたも思い当たるふしはありませんか?

 

[2001.06.16  Reported by 「金亀一三会」システム担当  Hitoshi Nishimura