■「ウェブ進化論」について

ベストセラーになっているので,多くの方が読まれたかもしれないが,「ウェブ進化論」と云う本がある。(梅田 望夫 著 ちくま新書)

我々の認識している世界が変わりつつある。そんな気持ちにさせられることがあった。興味ある人は,もっと深い思考をされているかも知れないが,私の少ない知識で感じたことを述べてみる。

パソコンが我々の仕事の完全な道具になっている。インターネットが大きなビジネスになっている。こうした予兆を,前者は20年前,後者は10年前に感じた。それと同じことが今まさにやって来ようとしている。少し大げさであるかも知れないが,そんな予兆を感じるのである。

ウインテル連合が変わる世界がやってくるかも知れない

結論から先に云うと,グーグルがウインテル連合(マイクロソフトとインテル)のとってかわるかも知れない時代がやって来ようとしている予兆を感じているのである。ウインテルが「こちら側」(パソコン上)を制覇したのに対して,グーグルは「あちら側」(ネット上)を制覇しようとしている,とも云われている。

私の経験(パソコンの影も形もなかった時代から仕事をしている)から云うと,「これは!」と思う時代の変化についてきた世代であり,大きな出来事は次のようなものである。

  1. TK−80と云う裸のプリント基板に25個のキーボード(16の数字,アルファベットキーと9つのファンクションキー)が搭載されたマイコンキットを会社で使ったとき,これがパソコンとの出会い。(未だ,パソコンと云う概念ではなかった)(1976年)
  2. 我が家にパソコンを購入したとき(1984年 PC9801F)
  3. ノートパソコンを会社の仕事に使い出したとき(1990年 PC9801N)以来,ノート(紙)なしの仕事
  4. Windows95の普及開始したとき(1995年) 誰でもが使えるインターフェースが確立
  5. インターネットへ始めてアクセスしたとき(1995年) こんな世界があるのだ(しかし,使い物にはならない)
  6. 会社,自宅でホームページ作成したとき(1997年)

そして,今回のこと,即ち,自分の知りたいこと,探しものが一瞬にして見つかるようになった時代である。明らかに,これまでのパソコンやインターネットがより進化した新しい世界が目の前に来ている予感をさせてくれる。

グーグルと云う名前を聞いた人は多いだろうし,使っている人も多いのではないだろうか。検索エンジンから始まった会社である。これもスタンフォード大学の2人の学生が起こした会社である。この「検索」が世の中を変えようとしている。

ロングテール(Long tail)

この言葉の起源は,インターネットの世界でビジネスを成り立たせたアマゾン,オンラインDVDレンタル店などのビジネスモデルを説明するために米Wired誌の記事に編集長が使ったとされている。いわゆる,上位20%にあるものが全体の数量では80%を占める(パレートの法則)ことに対抗する考え方である。

即ち,インターネットの世界では,実際に存在する書店が見離している残り80%のものを,掲載することが安価にできるため,それらからの販売が見込めるビジネスモデルが出来上がっている。上位からカウントすると,ずっと長く伸びた部分(これがLong tail)から販売につながる部分の販売額が,結構大きなウエートを占めることになっている。(アマゾンのロングテール部分の販売が全販売額の36%に相当)

このロングテール部分である「ニッチ」を集めると,「塵も積もれば山となる」と云う現象が見られるのである。次式が成り立つ。

(≒0) × (≒∞) =Something

これは,インターネットと云う無限大に近い対象を抱えた世界で成り立つもので,現実の有限の世界では,パレートの法則「80対20」が成り立つのである。

ウィキペディア(フリー百科事典)

これはインターネットの世界で使われている百科事典で,自由に書き込みができる事典である。何か調べ物をするとき,百科事典を調べると云ったことをやったが,そうした百科事典は権威ある著者が集まって書かれたものであったが,このウィキペディア(フリー百科事典)は,著者はインターネットにつながった万人である。

権威のない人が集まって何ができるんだ,と云う議論はあるが,この事典の精度と云うか間違いは殆どないようである。もちろん間違いは皆無ではないが,気づいた人が修正を加えられる仕組みになっているために,敢えて間違いを挿入しても,たちまちの内に修正が加えられ正しくなっているという。

百科事典の信頼性が問題になるのだが,従来の感覚の「権威者が書いた間違いのないモノ」と考えている人にとっては,こんなものは偽物で役立たない代物であると,中傷誹謗する。しかし,不特定多数の知の集約であり,オープン・ソースの代物としてはなかなか良くできており,そこそこ使い物になると考える人もいる。インターネットに慣れ親しんでくるとこうしたものの方が,利便性が良く,自然と広まっていくのではないか。

「グーグル・アース」

米グーグル社は2005年6月28日(米国時間)、『グーグル・アース』を立ち上げた。サイトから無料でダウンロードできるソフトウェアを使うと、世界各国の衛星写真と起伏に富む地形の立体画像、さらに米国、カナダ、イギリスでは数多くのレストラン、学校、ホテルといった地域情報を含む都市の詳細な3次元画像(スクリーンショット)を見ることができる。また、複数の場所や3次元で表される各都市を結ぶ経路を、空を飛ぶような感覚で移動する動画も楽しめる。

インドをはじめ韓国,タイでもこうした画像は,テロリストにターゲットの画像を提供する可能性があると懸念を表明している。

実際に,我が家をこのグーグル・アースで見てみると,屋根までが見える状態まで拡大できる。(大都市では一軒家まで判るが,その他の地域ではそこまでの詳細画像は出てこない)このソフトは無料でダウンロードできるので,誰でも見られる状況になっている。

「ディスクトップ・サーチ」とは? (これは役立つ!!)

パソコンの新しい使い方として,「グーグル・ディスクトップ・サーチ」と云うモノがある。同じモノが,マイクロソフトなどからも出ている。これは通常の検索とは比べ物ができない速さで,ものの1〜2秒で検索結果を出してくれ,仕事に非常に役立ち,重宝にしている。インターネット検索と同じように,パソコンの中の情報をエンジンが検索し,必要とする情報を瞬時に選び出してくれるものである。

従来は,ファイルの名前などで,情報がどこに収納されているかをフォルダーを分けたり,人それぞれのやり方で整理してきている。かなりの部分はこれで判るのだが,○○に関連したものを探すとか,キーワードだけは判っているが,どのファイルに入れたのか忘れてしまった,或いは,この文献に関することを調べ直したい,などいろいろなモノ探しの場合に出くわす。これまでは記憶に辿った探し方しかできなかったが,この「グーグル・ディスクトップ・サーチ」は,一瞬にして,新しいモノ順など順序付けて,しかも簡単なサマリーまでつけて教えてくれる。

この機能は,パソコンにいろいろなデータを容れている者にとっては重宝なものである。モノ探しの時間が圧倒的に短くなったし,また,とうてい無理だと諦めていた検索ができるようになった。画像データは今のところ無理だが,テキストデータ(テキストファイルではなく,一般のWORD,エクセル,HTML,メールなど)は,確実に検索してくれる。一度使うと止められない代物である。未だこの存在を知っている人の方が少ない。(無償ダウンロードできる)

ただし,これも危険性は無きにしもあらず,である。パソコン内の情報が一気に判るからである。この検索データを悪用すれば,ウィニーのような騒ぎにも発展しかねない。今のところ,パソコン内で収まっている。

新しい情報の考え方

昨今では,インターネットの情報を如何に取り出すかが,物知りの尺度にもなりかねない。まず,何でも判らないことはインターネットで調べれば確実に答えが見つけられる。早いか遅いかの違いはあるが,インターネット上で調べても判らないことはまずはない,と云っても良い。どれだけ要領よく見つけ出せるかで,インターネットが使い物になるか否かが決まるようである。玉石混交であるインターネットの情報から,如何にして「玉」の情報を選り分けるか,その方法にグーグルを始めとする,検索エンジン開発に社運を賭けていると云える。

パソコンやインターネットがそうだったように,最初の頃は,こんなもの仕事に役立つだろうか,と考える人が殆どである。ところが,今やこの二つは仕事の必須ツールである。同じことが,検索エンジンにも云えるのではないだろうか。現在は,まだまだ仕事で活用されるには程遠いと考えられている。しかし,「あちら側」の巨大な情報ネットワークが仕事をやる上で必須になりつつある。つまり,玉石混交の情報の中から,「玉」だけを上手く選び出し,仕事に活かす「検索エンジン」及び,それらに関連するツールは,私たちに「新しい情報のあり方」を示唆しているのである。それらを難しいから,或いは専門家に任せておけば,と自らの思考停止を選ぶことは,何も産み出さないと訴えている。

ブログも増殖している。これが注目されるようになったのは,「量が質に転化した」と云われているように,大量の中に優れたものが出てきている点と,玉石混交の中から「玉」を選別するIT技術が進化してきている点である。こうした中で,日本のブログは,教養ある中間層とその質の高さがあるとも云われている。さらに「自動秩序形成システム」が出来上がると,我々が想像している以上のネット社会が実現し,生活に不可欠なものとなる時代がそこまできているようにも感じられる。 

ファイル交換ソフトのウィニー(Winny)

ネット社会のもう一方の陰の部分では,ファイル交換ソフトのウィニー(Winny)が世間を騒がしている。個人情報がネット上に漏れて大きな問題になっている。新しいことは,全て良い面ばかりではない。悪いことを考える人も,ネット上に群がっている。欠陥があるから良くない,或いは,恐いから使わないとなると,新たな発展はあり得ない。今回のようなウィニー(Winny)の問題は何が一番悪いのか? いろいろあるが,最も大きな問題は,「ネット上につながれた状態では,セキュリティをきっちりとっておかないと情報が漏れる可能性があることを知りながら,個人のパソコンを仕事に使わせていることではないか」と思う。

10年以上も前から,私物のパソコンが会社内で使われていたことは事実である(私自身もいち早く,実際に持ち込んで使っていた)。しかし,昨今は少なくとも社内では認められていない。それは,ネット上の危険性や,ソフトウエアの違法使用など,コンプライアンス上からもとられた措置である。ところが,マスコミの報道で知ったのであるが,官公庁では未だに半分以上が私物のパソコンを使用している実態である。ソフトウエアの違法性を調べればもっと,いろいろな問題も出てくるように思われてならない。時代錯誤も甚だしい。

世界の先端はどんどん先へ進んでいる。しかし,一方,日本のしかも中枢の官公庁でこのような実態であることも事実である。

「みんなの意見」は案外正しい

これは本の題名である。原題は「The Wisdom of Crowds」(集合知)である。著者はNew Yorker誌のコラムニストだそうだ。この本の主張は,一言でいえば,「適切な状況の下では,人々の集団は,その中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことができる」ということである。適切な条件とは,
 (1) 意見の多様性
 (2) 各メンバーの独立性
 (3) 分散化
 (4) 意見集約のための優れたシステム
であり,これらが満たされれば,個々のメンバーが正解を知っていなくても,また合理的では必ずしもなかったとしても,グループのほうがよいという。

 ◇具体的な事例

何となくそうかも知れない,と云った感覚は持たれるであろうけれど,なかなか実感としてはピント来ない人も多いので具体的な事例で説明してみよう。

事例1:「クイズ・ミリオネア」のオーディエンス

TV番組の「クイズ・ミリオネア」で,アメリカの番組を真似したもので,みのもんたが司会をやっているもので,見られた方も多いだろう。このクイズ番組で,回答者が解答が判らないときに助け船の3つの手段の一つに「オーディエンス」と云う,番組の視聴者に聞くものがある。4者択一問題であるが,視聴者の解答はかなりの確率で正しい結果を出している。TVでは報道されていないが,平日のTV番組を見に来る一般の視聴者の4者択一の回答率は91%もあったそうである。(チャレンジする回答者はクイズに自身のある人だが,このエキスパートの正答率は65%である)このことは,当に「集合の知」を示しているものである。

事例2:スペースシャトルの事故後の株価変動

1986年1月28日スペースシャトル・チャレンジャー号が発射74秒後に爆発した事故があった。発射の模様はTV中継されていたので,事故のニュースは素速く伝わった。株式市場は,最初の報道から数分もしないうちにチャレンジャー発射に関わった主要企業4社の株が投げ売りを始めた。シャトルとメインエンジン担当(ロックウェルインターナショナル社),地上支援担当(ロッキード社),外部燃料タンク担当(マーティン・マリエッタ社),固体燃料ブースター担当(モートン・サイオコール社)の4社であった。

サイコオール株を売りたい投資家が余りにも多く,買い手が少なかったために,同株は瞬く間に取引停止に追い込まれた。爆発からほぼ1時間後に売買が再開されたとき,株価は6%下落し,その日の終値で下落幅が2倍の12%になった。対照的に残り三社の株は,持ち直して下落幅は2%程度に止まった。

このことは,株式市場がチャレンジャーの爆発の原因は固体燃料ブースターにあることを示した証拠である。しかし,事故の当日,サイオコール社に責任があると云ったコメントは一つとして公になっておらず,そうしたことを伺わせることすらなかった。だが,市場は正しく,爆発から6カ月後,低温でOリングシールの弾力性が失われ,隙間ができガス漏れが起きたことを明らかにした。

事故の原因をいち早く知ったインサイダー取引が行われたわけではなく,一人ひとりのトレーダーの事故に関する情報のかけらを集めただけで,誰一人正確なことは知らない状態でも,集団の平均的な予測値をして原因を当てさせたのである。つまり,確かなことを知っている集団が存在したのである。

事例3:ジェリービーンズの数当て

集団の知力を示す実験として有名なものがある。ファイナンス分野で有名なジャック・トレイナー教授の「瓶の中のジェリービーンズ」である。その名の通り,瓶の中のジェリービーンズの数を当ててもらう事件である。850粒入った瓶を見せられたグループ全体の平均値は871粒だった。クラス56人の学生がいたが,その中でグループよりも正確な値を推測したのは一人しか居なかった。

こうした事例は,いずれも個人の知識よりも「集団の知恵」が優っている具体的な事例である。

 ◇「集合の知」にならない「烏合の衆」や「集団極性化」(群衆心理)

集団であれば必ず正しい判断を下す,と云うのは間違っている。所謂,「烏合の衆」と云う現象がこれを証明している。

「烏合の衆」とは,規律や制約もなく,ただより集まっただけの群衆,軍勢。役立たずな人々の集まり。烏合とは,カラスの集団のことで,カラスが集まっても,鳴いてうるさいだけで統一性に欠けることから,喩えとしてこの語が生まれた

しかし,「烏合の衆」ほど,無責任で居心地の良い場所はない。自己責任が問われなく,全ての責任は外部にあり,そこに属す限り悪者になることは一切ない。その代わり,どれだけの大集団になろうとも,いとも簡単に崩壊する集団でもある。そして,その集団のボスほど自己利益を優先に考えている。その取り巻きも然り。それぞれの自己利益のために偽りの集団「衆」を装っている。ここには「集合の知」はない。

また,集団が多様性や独立性を失うことで極端な傾向を示す場合があり,「集団極性化」と云う現象が起こる。極端な例は,暴動や株式バブルと云ったもので,これは人々が「社会的比較」を拠り所にしているもので,集団を和を乱さない心理が働くことによるものである。それだけではなく,不思議なことに正しい答えを求めようとする場合にも起こる。例を挙げるならば,一人だけが何もない空を見ていても誰一人気にも止めないが,まとまった数十人が何もない空を見ていると,それにつられて何があるのだろうと,空を見上げる人がどんどん増えていくと云った現象が事実として起こるのである。

 

参考図書

「ウェブ進化論」  梅田 望夫 著 ちくま新書

「ザ・サーチ」 ジョン・バッテル 著  日経BP社

「みんなの意見」は案外正しい  ジェームズ・スロウィッキー著 角川書店 

 

[2006.05.02 Reported by 「金亀一三会」システム担当  Hitoshi Nishimura